Teratre
POST-HUMANITY SALON
教育の構造的改革
1.背景
一般論だが、多くの人は、他の子供と自分の子供を差別化し社会的に優位な地位に立たせたいと考える。日本において個人の優位性を示すには、アイデンティティを示すのではなく、社会で共有されている指標に対して、自分がどれくらいのレベルであるか示すことが重視される。その指標の典型が「学歴」となっているのが現状だ。
教育の本来の目的は、社会の中で大きな価値を生み出せるようになること、世界を知り人生の選択肢を狭めないこと、学びの習慣を身に着けること、精神的な成長を促進し心を豊かにすること、といったことだろう。
教育コストと格差の問題もある。高額なコストを支払えば、有名私大付属の幼稚園や小学校に入れることができる。そうして受験のストレスを回避しつつ、社会的地位の保証を購入することができる。私立校は集まった資金で教育の質を高め、またそこに人とカネが集まるという循環ができる。
一方、多額のコストを支払うことができない家庭の子は、公立校の貧弱な教育を受けることになる。有名な大学に入るためには、学校外の教育サービス(塾など)を利用して勉強することになる。近年ネットを活用した教育サービスが増加し、教育が民主化されつつあるが、ここでも相応のコストが必要になる。
そもそも、教育が学歴を得るためのもの、テストの点数を取るためのものに成り果てており、自己目的化している。点数稼ぎの教育は唯の記憶行為であり、学びではない。教育に多大な時間とコストを費やした筈なのに、教育課程で学ぶ事柄と実社会で求められる能力には乖離がある為、社会に出ても何の役にも立たない。
教育は国家の戦力となる人材を育てるという社会的な側面もあるが、それだけではなく、個人が「知」という武器を手に入れ、出自や性別などに関わらず行動や職業を選択できるようするものだった筈だ。
2.家計の教育支出
文部科学省のホームページによれば、下記の通りだ。
・大学卒業までにかかる平均的な教育費は、全て国公立でも約1,000万円、全て私学だと約2,300万円に上る。
・子供1人が大学生になった段階での家計の貯蓄率は、-10.4%である。(負債を負っている)
・アンケートによれば、教育費の高さは少子化の最も大きな要因の一つ。
文部科学省は予算が欲しいため、家計に教育の負担をかけすぎているとアピールしたい面もあるだろうが、この内容は一般の感覚とそれほどかけ離れていないだろう。
3.教育への政府の投資
政府も何もしていないわけではないが、教育への投資は量的に十分だろうか。それは正しい方向に向けられているだろうか。
次の図は、日本のGDP比の対高齢者向け支出と対家族・子供向け支出を「1」として、他のoecd加盟国と比較したものである。超高齢化の日本とそうでない国を正しく比較する為、少子高齢化の影響を調整してある。
図中の点線より左の国は日本以上に高齢者に支出しており、右の国は日本よりも次世代のために多く支出していることになる。日本よりも高齢者に多くの支出を費やしている国は、アメリカと韓国しかない。
多数決の原理に従う民主主義の下では、与党・政府は若者世代ではなく、高齢者に耳を傾けざるを得ない状況であることが読み取れる。政治家自身が中高年であることも高齢者への共感を過度に高めている可能性もある。また、世界的に見ても日本人は投資が下手くそであるということも影響しているかもしれない。
日本以上に苛烈な受験戦争と学歴格差が生まれ、少子化が進んでいる韓国が、このような結果になっているのは納得できる気がする。恋愛・結婚・出産を放棄しなければならない今の韓国の若者は、一部では「三放世代」と呼ばれている。若者世代への支出が少ないことも影響していそうだ。(そもそも全ての国民に対する支出規模が小さい、国民に厳しい国であることも読み取れる。現状は、政治に失敗している韓国政府への国民のフラストレーションを日本が請け負っている側面もある)
日本は韓国を反面教師にしなければならない。
日本政府の教育白書もざっと目を通してみた。
「学びのセーフティネット構築」という言葉から、どのような貧困家庭でも、高度な教育が受けられるようにする仕組みなのかと期待した。しかし、金銭的な支援と防災の話に終始しており、全ての人が高いレベルの教育を受けられるインフラを整備する構想ではない。
各教育段階のどこに投資が不足しているかは、このサイトがよくまとまっている。簡単にまとめると、下記の通りだ。
・義務教育以前と高等教育の段階で投資が足りていない。(小中学校は足りている)
・不利な経済状況にある家庭の児童は小学校入学時点で既に、豊かな家庭出身の児童に学力差をつけられている。
・それがその後の低学力・低学歴へとつながり、大人になって再び不利な社会経済状況に立たされる。
・貧困の連鎖を断ち切る事を考えた場合、就学前教育は非常に重要になってくる。
4.問題点まとめ
①教育の陳腐化
・社会は学歴を求めるが、学歴では実社会で必要な能力を測れないというギャップが生じている。
・教育課程で実践的な能力を身に着けることができない。
②政府の教育投資の不備
・政府の教育投資は幼少段階と高等教育段階で足りておらず、個人が大きな負担を背負っている。
・政府の施策は、カリキュラムにコミットすることと、金銭的な支援くらいで、
教育を取り巻く日本の社会構造自体に変化を及ぼすような改革は期待できなさそう。
③教育コストの高騰
・教育コストが少子化の最大の要因である。
・親の教育への投資能力の差により、教育の質の格差、ひいては経済的格差が生まれている。
5.一つの提案
教育を取り巻くこれらの問題を根本的な解決のためには、社会構造そのものから見直さなければならない。
『生命の社会化』のページで少しふれたが、国が子供を引き取り教育のコスト・質の保証を行わなければならないのではないかと考え、下記のような仕様の「国立教育センター(仮)」を構想してみた。
1.生活
・子供が生まれたら「国立教育センター(仮)」に預け、育児・教育を全て託す。
・子供は基本的に施設で生活するが、親とは自由に面会したり、
ネットワークを介してコミュニケーションをとることができる。
2.カリキュラム
・心の発達において重要な時期である幼児期には、心理学的に適切な母性・父性、刺激、体験を与える。
(学術的に正しく、バラつきのない方法に基づくことが重要。
一般家庭でもこの段階で失敗しているケースが多く見受けられ、これは子供本人にも社会にも多大な損害を与える)
・基本的な教育方針は、全ての日本人をグローバル社会で活躍でき、事業を起こす能力をもつ人材とすること。
(英語、プレゼン力、経営学、ICTは必須。さらに、ロジカルシンキング、心理学も学ぶと望ましい。
教育の後期には、実践的な職務遂行能力、組織運営・経営のノウハウを実地で学ぶ。)
・基本的な教育カリキュラムは行政の綿密なプログラムに従って作成され、実行される。
・教育方針には、ある程度の選択肢があり、本人や親が選ぶことができる。
・親が育成により強く介入したい場合は、後述する「子ども債」を購入することで、
オーナーシップを向上させ、教育にオプションをつけるなど、口を出すことができる。
・大学相当の教育まで実施の上、就職・起業支援まで行う。
3.教育コスト
・コストは国が一旦負担する。ただし、国が債権者として債権を保有し、子供本人が債務を負う。
・この債権を「子ども債」と名付ける。
(日本社会は、子どもを中心に物事を考える為、既存の国債とは別に取り扱う方が資金を集めることができると思う)
・この「子ども債」は、親だけでなく他人も購入することができる。
・本人が仕事を始め所得が発生するようになったら、所得税で債務を返済する
・返済し終わったら、税率が下がる。
・引き続き支払い続ける税は、債券保有者への配当や次世代のために使われる(貸し倒れもこれで充当)。
次世代に負の遺産は残さない。
日本の所得上位10%人口の資産が総資産に占める割合は、48.5%である。つまり、日本の富の半分は上位10%お金持ちが独占している。そのだぶついた富が向かう先は金融商品や不動産である。この投資の流れを少しでも、次世代の「人」へ向ける為に、上述の「子ども債」のようなものが必要ではないか。勿論、投資である以上、一定の利回りを期待できるものにしなければ、投資家の目を引くことは出来ない。