Teratre
POST-HUMANITY SALON
生命の社会化
少子高齢化が進み、日本は団塊の世代が要介護者になる最も苦しい時代を迎えようとしている。人口を増やすべきかどうかの議論は別にあるとしても、各世代の 人口のアンバランスを少しでも解消し、傷口を広げないためにも、これ以上の少子化は食い止めなければならない。他に解決策があればよいのだが、現実的なア プローチとしては子供を増やすしかないのが現状である。
子供を作り、育てるということについて、変化させるべき一般的な共通認識とどのように変化させるべきかを下記に記した。
■現状の共通認識:
・子供は実の親が育てなければならない
・婚姻制度をベースとした子供しか認めない
■持つべき認識:
・子供は社会が育てる
・婚姻制度ベースの子供じゃなくても認める
1.日本に生命が産まれるまでのハードル
さて、子供を作ろうとすると、まず結婚をしないと、世間から冷たい目で見られ、行政や会社からの優遇措置も受けられない。
じゃあ、結婚をしようかと思うと、現在の婚姻制度は、心理的にもコスト的にも非常にハードルが高い。相手を探す作業や、さらに結婚の前段階である恋愛作業には、時間とお金が非常にかかる。
いざ結婚をしようと思っても、高い教育コストを支払って子供を有名大学に入れなければ、無残な社会的地位に落ちてしまう。そんな収入が2人にはあるのだろうかと不安になる。自分の子供が惨めな思いをするくらいなら、作らない方がよいし、子供を作らない結婚などしない方がよいとさえ考える。
良い住環境を手に入れるにも、膨大な資金が必要である。
また、一度結婚してしまうと、離婚したくても両者の同意がなければできないし、離婚もまた世間からの冷たい目があるため、一生を添い遂げる重大な覚悟で結婚しなければならない。
こんなハードルがあっては、子供など作れるわけがない。余程の資産家か、半ば自暴自棄になった人でなければ。
オジサン・ジイサン連中と飲みに行くと必ず、「結婚は? 子供はいる?」と聞かれる。私が「既婚で、子供はいない」と答えると、子供が欲しいとも言っていないのに、「大丈夫、子供なんて作っちまえば何とかなる」と返ってくるのである。社会保障を勝ち逃げできる世代はこの発想でよかった。今は状況が異なる。
2.婚外子を認める世界の国々
フランスをはじめとする少子化対策を成功させた国々が実施したことは、婚外子を社会的に認めることであった。
スウェーデンやフランスの婚外子が50%を超えているのに対し、日本は2%台である。日本もそろそろ婚外子を社会的に認めていくべきではないかという議論が一部で始まっている。
フランスは婚外子を認める社会にするために、結婚の概念も多様化させた。
3.結婚制度の変化
男女の在り方や結婚の形態も選択肢を広げるべきである。
フランスでは結婚には3つの形態がある。
(1) 日本のように婚姻関係を結ぶこと。
(2) パックス(PACS:連帯市民協約)という、1999年に開始された、2人の個人間で安定した持続的共同生活を営むために交わされる契約。
(3) ユニオン・リーブルという婚姻関係もパックスも結ばない、法的手続きを踏まないつながりを持つこと。オランド大統領とファーストレディの関係はユニオン・リーブルである。
婚姻の種類の全体の割合は下記の通り。
(1) 婚姻関係:2320万人(全体の73.1%)
(2) パックス:138万人(4.3%)
(3) ユニオン・リーブル:717万人(22.6%)
(仏国立統計経済研究所調べ;2011年時点)参考
しかし、最近の単年でみると、パックス婚が急速に増加している。
2008年の婚姻件数は27万3500件であったのに対し、パックス婚は14万6千件に達したのである。
婚姻とパックスの大きな違いは、婚姻関係における離婚は裁判官による審理が必要となるが、パックスは両者の同意は必要なく簡単に契約破棄できる点にある。また、パックスは同性間でも可能である。
個人が多様であるように、人と人との関係もまた多様であるはずで、日本においても外面は同じ婚姻でも、夫婦の関係性も様々だろう。私自身の婚姻も、概念的にはパックス婚に近い。どちらかが離婚したければしてもよいし、子作りのための関係でもない。他の異性と交際することを制限しないことにもなっている。か といって、お互いに性的欲求がそれほど高くないため、その権利を行使することは今後もないだろう。このように、共同生活をし社会的な優遇を受けつつも、個 人や自由を尊重する男女関係も存在しうる(我が家がちょっと特殊なのかもしれないが)。日本には、旧来的な婚姻制度しかないため、それを利用するしかな い。
パックス婚の考え方も参考になるが、古い婚姻の概念を残しつつ、現実の問題を解決するために新しい選択肢を作ってしまうという手法自体も日本は参考にできるだろう。特にフランスは、カトリック系の宗教をこじらせたやっかいなタイプの保守派が存在する。そうした保守や頭の固いお年寄りにも受け入れられる新しい社会制度を作ろうとした場合、この考え方は重要である。古いシステムを派手に破壊するのではなく、古い形骸化したシステムと新しい有効なシステムを並列させ、じわじわと古い方を無意味化していくのだ。
婚姻の概念を変化させるには、これまでの道徳を疑うような価値観の転換が必要だ。我が家の婚姻の概念について他者に話をすると「他の異性と交際することを制限しない」という部分にとりわけ不快感を示す人が多い。これは、配偶者が別の異性と交わることを、異性を独占したい動物的な本能が拒んでいるためだろう。 また、特定の人間が複数の異性を独占することは、男女受給のアンバランスが起きてしまうという考えが働き、それが性的な道徳へと変換され、男女一対の美徳 や不貞への憎悪を生み出していると考えられる。このような、感情や道徳の壁を乗り越えなければ、日本における現在の価値観、ひいては現状の婚姻制度に楔を打ち込むことはできないだろう。フランスの婚姻制度の底流にはおそらくカトリックの保守的な思想が流れており、それがあまりにも深刻で重たすぎるものになっており、結婚も離婚もひどく面倒である。そのため、現代のフランスの若者にとっては受け入れ難いものになってしまった。それに比して、日本は結婚も離婚も紙切れ一枚あれば済んでしまう。集団主義の日本において婚姻制度を重たいものとしているのは、専ら「世間の目」を気にしすぎる点にある。この「世間の目」を柔らかくするためにも、婚姻に対する価値観を日本全体で変えなければならないのだ。
そもそも現代日本の結婚観は、明治時代に欧州からもたらされたものだ(参考:人類婚姻史)。当の欧州が結婚の概念を見直し始めているのに、日本は彼らからプレゼントされたものをいつまでも大事にしている。結婚観にしても、憲法にしても、物持ちがいいと言うべきか、慎ましいと言うべきか…。
男女一対の美徳、婚姻と出産の癒着といった観念を緩めれば、採集部族としての日本人が、縄文から明治にかけて行ってきた男女複数同士の緩やかなつながりの中で子供を作る種族保存方法に近づくことになる。その方が、日本人には合っているのではないだろうか。私たちは過去に戻ることは出来ないが、新たな方法で日本人に適合する種族保存方法を見出していく必要があるように思える。
4.生命の社会化
日本でパックスや事実婚を広め、気軽に子供を産めるようにするのもいいのだが、夫婦間の拘束力が弱まるため必然的に片親の子供が増加することが予想される(フランスの婚姻とパックスと事実婚の離婚率の統計があればよかったが、探し出すことができなかった)。どのような家庭でも一定水準の養育・教育を享受できるシステム(セーフティネット)がなければ、いたずらに貧困家庭を増やすことになってしまうだろう。堅牢な婚姻制度は、「育児システムとしての家族」の形状を安定させるための装置でもあるのだ。
昔のように祖父母が育児に協力してくれれば、若い夫婦がガンガン働いて稼ぐことができるのだが、祖父母が協力してくれない、あるいは、そのような環境にない核家族は、特に母親が育児に体力と時間を費やしてしまい、まともに働くことは出来ない。行政サービスはキャパシティオーバーだし、民間サービスは高額である。核家族は、生産性の高い若いうちに、資産を増やすことができず、運が悪ければ高コストな民間サービスに頼らなければならない。祖父母が育児に参加するかどうかで、大きな格差が生まれるのである。
社会的には、父母だけが「働け。そして育児もしろ!」と責め立てられがちだが、一族の資産を増やしたければ祖父母も育児に参加すべきということを、高齢者たちには自覚してほしいし、祖父母に子を託すことに遠慮は要らないという社会的な共通認識が醸成されるべきだろう。
しかし、現実的な問題として、物理的な距離の問題や、人間関係の問題で、祖父母と協力しながら育児のできない夫婦も多く存在するだろう。都市部に住んでいる夫婦が、田舎から祖父母を呼び寄せるなど考えにくい。普通は一緒に住みたくないし、祖父母の住宅を別に用意する金銭的な余裕はない。
「子供は社会で育てる」という認識の下で、国家的に養育・教育システムを組むことはできないだろうか。簡単に言えば、国が子供を完全に引き取って、養育・教育するのだ。そうすれば、婚姻に頼らずとも子供を作りやすい社会になるのではないだろうか。
悪く言えば、国が親から子供を取り上げてしまっているようだが、良く言えば、日本人として生まれた生命を漏れなく社会全体で支えるおせっかいなほど手厚いシステムと言える。
昔は、コミュニティ全体で子供の面倒を見ていたとよく言うが、その延長として捉えてもらいたい。『日本村』といった風情だ。
ここまですれば、安心して子供を産める国になるのではないか。この仕組みの詳細は別のページで説明する。